浴衣で歩く、古き良き日本。城崎 西村屋本館で紡ぐ、文化財の宿と外湯めぐりの物語

もし、あなたが「次の休日には、日本人が忘れかけている”情緒”や”風情”というものを、全身で浴びるような旅がしたい」と願うなら。そして、柳並木が続く川沿いを浴衣と下駄でそぞろ歩き、7つの外湯を巡って心身を温め、夜は創業160年を超える文化財の宿で、庭園を眺めながら極上のカニや和牛に舌鼓を打ちたいと願うなら。そんな、日本一浴衣が似合う温泉街の、最も格式高い場所が、兵庫県・城崎（きのさき）温泉にあります。それが、「西村屋本館」です。

この記事は、単なる宿泊施設の紹介ではありません。これは、あなたが文学と歴史の香り漂う城崎の街に降り立ち、その老舗旅館の門をくぐり、数寄屋造りの建築美と日本庭園の静寂に心を奪われ、外湯めぐりで温泉街の活気を感じ、そして但馬の美食に満たされるまでの一日を綴った、「文化財の宿と外湯めぐりの物語」です。さあ、あなたもこの物語の主人公となり、頁を捲るように、古き良き日本への旅を始めましょう。

【序章】柳並木の温泉街へ、160年の暖簾をくぐる

京都や大阪から特急列車に揺られ、城崎温泉駅へ。駅を降りると、そこはもう「日本一浴衣の似合う街」。大谿川（おおたにがわ）沿いに続く柳並木、太鼓橋、そしてカランコロンと下駄の音を響かせて歩く浴衣姿の人々。志賀直哉の小説『城の崎にて』でも描かれた、風情あふれる景色が広がります。

その温泉街の奥座敷に、ひっそりと、しかし圧倒的な存在感を放って佇むのが、あなたの旅の目的地「西村屋本館」です。創業は安政年間。160年以上の長きにわたり、この地の迎賓館として多くの文人墨客や著名人に愛されてきました。瓦屋根の重厚な門構え、風に揺れる暖簾。一歩足を踏み入れると、そこにはお香の香りと、磨き上げられた廊下が奥へと続く、凛とした和の空間が広がります。スタッフの「お帰りなさいませ」という温かい声に迎えられ、あなたは瞬時に、日常から切り離された悠久の時間へと誘われるのです。

【第一章】物語の舞台、文化財に泊まるという美学

「西村屋本館」での滞在は、日本の伝統建築の美しさを肌で感じる体験でもあります。昭和初期に建てられた木造二階建ての建物は、国の登録有形文化財。数寄屋建築の巨匠・平田雅哉氏が手掛けた「平田館」をはじめ、それぞれに趣の異なる客室が、美しい日本庭園を囲むように配置されています。

案内された客室に入ると、まず目を奪われるのは、窓の外に広がる庭園の景色。松、苔、灯籠、そして季節の花々。計算され尽くした庭園美が、まるで一幅の絵画のように部屋の一部となっています。そして、部屋そのものもまた、芸術品。竿縁天井（さおぶちてんじょう）、床の間の銘木、繊細な組子障子。職人の技が光る意匠の数々は、華美ではありませんが、本物だけが持つ品格と落ち着きを漂わせています。

畳の上に座り、お抹茶をいただきながら、庭を眺める。ただそれだけの時間が、ここでは何よりも贅沢に感じられます。最新のホテルにはない、木の温もりと歴史の重み。ここに泊まるということは、日本の美意識そのものに包まれて眠るということなのです。

【第二章】物語のハイライト、浴衣でめぐる七つの外湯

城崎温泉の最大の楽しみは、何と言っても「外湯めぐり」です。城崎では「宿を客間、道を廊下、外湯を内湯」と見立て、街全体で客をもてなすという伝統があります。「西村屋本館」に宿泊すれば、7つの外湯すべてに何度でも入れるパス（ゆめぱ）がもらえます。

宿で選んだお気に入りの浴衣に着替え、下駄を履いて、いざ街へ。すぐ近くには、美しい唐破風の屋根を持つ「御所の湯（ごしょのゆ）」があります。”美人の湯”としても知られるこの湯は、天井が高く、ガラス張りの屋根から光が降り注ぐ開放的な空間。露天風呂では、滝の音を聞きながら優雅な湯浴みを楽しめます。

洞窟風呂が人気の「一の湯」、柳並木を望む「柳湯」、鴻の湯、まんだら湯…。それぞれに個性豊かな外湯を、気の向くままに巡る。湯上がりには、川沿いのベンチで涼んだり、射的場を覗いたり、温泉たまごを作ったり。夕暮れ時、ガス灯が灯り始めると、街はさらに幻想的な雰囲気に包まれます。下駄の音を響かせて歩く、その一歩一歩が、旅の素敵な思い出になっていくのです。

もちろん、宿の中にも、檜の香りが心地よい「吉の湯」、中国の風情を取り入れた「福の湯」、そして庭園を望む露天風呂付きの「尚の湯」があり、館内だけでも十分に温泉を満喫できます。

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【第三章】五感を満たす饗宴、但馬の冬の王様「松葉ガニ」

「西村屋本館」を訪れる多くの旅人の目的、それは「食」です。但馬地方は、海、山、川の食材に恵まれた食の宝庫。そして、冬（11月〜3月）の城崎といえば、なんといっても「松葉ガニ（ズワイガニ）」です。

夕食は、お部屋または個室の食事処で。運ばれてくるのは、地元の津居山港や柴山港などで水揚げされた、正真正銘の活け松葉ガニ。その証であるタグが付いたカニを、刺し身、焼きガニ、茹でガニ、カニすきと、フルコースで味わい尽くします。透き通るような刺し身の甘み、炭火で焼いた時の香ばしさと凝縮された旨味、そして濃厚なカニ味噌。一口食べるごとに、思わず目を閉じて唸ってしまうほどの美味しさです。

カニの季節以外でも、世界に誇るブランド牛のルーツ「但馬牛（たじまぎゅう）」のステーキやしゃぶしゃぶ、春の鯛、夏の岩牡蠣、秋ののどぐろなど、四季折々の旬の味覚が食卓を彩ります。老舗料亭旅館のプライドをかけた、繊細で美しい料理の数々。但馬の地酒と共に、時間を忘れて味わう夕餉（ゆうげ）は、まさに至福のひとときです。朝食もまた、カレイの干物や出し巻き卵など、丁寧な仕事が光る和定食。身体の芯から元気が湧いてくるような味わいです。

【第四章】静寂の朝と、文豪たちが愛した風景

外湯めぐりと美食を楽しんだ翌朝。少し早起きして、朝の城崎を散策するのもおすすめです。観光客の少ない静かな柳並木、朝靄に包まれた大谿川。夜の賑わいとは違う、清々しい空気が流れています。

志賀直哉をはじめ、島崎藤村、与謝野晶子など、多くの文豪たちがこの街を愛し、作品を残しました。彼らもまた、この景色を眺め、湯に浸かり、心を癒やしたのでしょう。街のあちこちにある文学碑を巡りながら、古の文人たちに思いを馳せるのも、城崎ならではの楽しみ方です。

宿に戻り、最後にもう一度、美しい庭園を眺める。チェックアウトの時、女将やスタッフに見送られながら、「また帰ってきたい」と心から思うはずです。西村屋本館は、単なる宿泊場所ではなく、日本の「おもてなし」の心と、「和の美しさ」を再確認させてくれる、心の帰る場所なのです。

どんな人におすすめ？【旅っ温泉旅館 評価】

この宿の特性を分析し、最適な評価軸で客観的な評価をまとめました。

対象者	おすすめ度	主な理由・特徴
歴史と伝統のある老舗旅館に泊まりたい方	⭐⭐⭐⭐⭐	創業160年、登録有形文化財。建物、庭園、おもてなし、全てが「本物」です。
冬の「松葉ガニ」を最高の状態で食べたい方	⭐⭐⭐⭐⭐	地元の漁港で水揚げされた極上のカニを、老舗の技で味わえます。美食家も納得。
城崎温泉の「外湯めぐり」を楽しみたい方	⭐⭐⭐⭐⭐	温泉街の中心に位置し、外湯へのアクセスも良好。浴衣での散策に最適です。
モダンなホテルやベッドで寝たい方	⭐⭐⭐	基本は純和風の畳のお部屋です（※一部ベッド対応の部屋もあり）。純和風の趣を楽しむ宿です。
記念日や親孝行の旅行	⭐⭐⭐⭐⭐	格式と温かいおもてなしは、大切な人との特別な時間を過ごすのにふさわしい場所です。

【終章】心に刻まれる、城崎の風情

「城崎温泉 西村屋本館」での滞在は、単に高級旅館に泊まるという体験ではありませんでした。それは、柳並木の風景と下駄の音に包まれ、160年の歴史を刻む文化財の空間で日本の美意識に触れ、そして但馬の豊かな恵みに心身が満たされる、「古き良き日本への回帰物語」でした。

庭園の緑に癒やされた客室でのひととき。外湯めぐりで感じた、温泉街の活気と湯の温もり。そして、忘れられない松葉ガニの味わい。これらすべてが、あなたの旅の物語を、深く、味わい深く彩ってくれました。

この旅で得た感動と、心に染み入るような日本の情緒は、あなたの心に深く刻まれ、やがて日常に戻った時も、あなたを優しく包み込み続けるでしょう。ふとした瞬間に、あの柳並木の風景と、西村屋の暖簾が、あなたを再びあの”湯の街”へと誘うはずです。

さあ、あなたも、城崎で、浴衣と下駄で歩く物語を、紡いでみませんか？